開発者プロフィール

開発者プロフィール

はじめまして、玄米アミノ酸の神保です。
数ある資材のサイトの中から当店へお越しいただきまして、
まことにありがとうございます。

開発者農業用資材「玄米アミノ酸」を開発しました神保信一です。少しだけ私の自己紹介をさせていただきます。

1949年(昭和24年)生まれです。
大学では、哲学・日本宗教史を学びました。
元来、生家は農業でしたが農地解放により土地を失い、
父は商業をして生計を立てました。
私は父の家業を継承せずにサラリーマン(会社勤務)をしました。
食品問屋、食品宅配など主に食品の販売を中心に仕事をし、現在の会社(株)ライフメールを経営するに至っております。農業の「の」の字もそれまでの人生には出てこなかった私ですが、突然こんなエピソードから農業との関わりは始まります。

 当初、この玄米アミノ酸を農業に使うつもりはありませんでした。
私の友人がいたずらでりんごに使ったのです。 そのりんごがうまかった。
近所の人がくずでもいいから分けてくれというほどだった。
果肉がひきしまってジューシー、甘さはさらり、日数が経っても味が落もない。
さすがの私もこれだけで農業にとは思いません。

 玄米アミノ酸はこれをもとにしていろいろな商品を作っていました。
この商品を売ってくれている仲間が全国にいる。
その仲間たちがおもしろがって遊んでみようということになった。
それで全国一斉に庭の片すみで、この玄米アミノ酸で農作物を作ることになった。
私は「勝手にしろ」と相手にもしなかった。

ところが、できてきたものがみんな絶品なのです。驚いた。
素人が作ったとは思えない。
しかし私は農業なんて全然知らないし、困惑する反面、
仲間はこれはいいぞと色めき立っている。
それでよく話を間いてみることにしたのです。
「たいして手間はかけていない」
「全国どこでも同じようなものができている」
「病害虫にはやられていない」
「苦労したという声がない」

 これはひょっとする、いままでの農業のそり方を大きく変えられるかもしれないと思った。自信はなかったが食とのかかわりは私の人生そのもの。
役割を背負わされたと覚悟をしました。食品に関する物造りには自信があったので、
その技術を活用すれば、今までとはまったく違う結果が期待できると考えたのです。

そんなとき、永嶋正光さんが現れた。

 こんなわけのわからないものを信じてやってみようと言ってくれたのです。
最初100坪のハウスでナスの栽培をしてくれた。ダメもとでした。
しかし永嶋さんには別の思いがあった。農薬はもう使いたくない。
体がダメになっていくのが自分でもわかる。また脳されるかもしれない。
もしこれがぽんとうなら農薬から解放される。

 そして100坪の結果がついに。

永嶋さんも驚く結果だった。樹勢が違う、品質がいい、虫にも病気にもやられない。
嘘みたいだった。それから300坪の大型ハウスで本格的に取り組み始めた。
結果はさらに驚くものだった。

 永嶋さんのハウスを見学した人はみんな驚いてしまう。
ある人はまったく言葉が出なかったという。
こういうわけありは宣伝と実際が違うのがあたり前。
ところがケチのつけようがない。
施設でありながら、悪臭もなくさわやか、ナスはストレスもなく、
まさに理想の状態。何を質問していいかわからなかったというのです。

 またある人は「私はいままでに何をやっていたのか、
農業がこんなにも簡単なんて信じられない」と頭をかかえてしまう人もいる。
永嶋さんいわく「これじゃ努力なんていらない、誰だってできてしまうね。」
まだまだ当惑気味。

 
現在、永嶋さんのナスはどこでもひっぱりダコ。
みんなにほしいと言われるナスになっている。
某大手スーパーが懇願して惣菜に使っている有様なのです。

 永嶋さんの思い切った決断がなければ玄米アミノ酸が農業に
使われる事はなかったと思う。永嶋さんに深く感謝をするとともに、
生産者を農薬の不安から一刻も早く解放してあげたいと思った。
そして複雑でむずかしい農業から誰でもできる楽しくて明るい農業へと
変化できたらうれしいと思っています。